飲泉について
2015年12月11日 公開日本人は風呂好きな民族で、大の温泉好きであることは疑いがありません。 我々が温泉地を訪れた際は、浴槽に湛えられた温泉に入浴することが一般的となっていますが、温泉には、入浴だけでなく飲むという利用方法もあることをご存じでしょうか。
温泉を飲むことは、文字通り「飲泉」と言われています。飲泉は、わが国ではまだそれほど普及していないようですが、実は大変永い歴史があるのです。
一方、ドイツやイタリア、フランス、チェコなどヨーロッパ諸国の温泉地では入浴と平行して飲泉が盛んに行われています。これは、ヨーロッパ諸国の温泉地は医療と密接に結びついた療養地となっているケースが多く、飲泉が身体に良い作用があることが早くから明らかになっていたことが挙げられると思われます。
また、泉温が低く加熱せずに入浴することが難しい温泉が比較的多いことや、日本人のように入浴の習慣を持たない人々が多いことも飲泉が盛んに行われるようになった要因ではないかとも考えられます。
そこで、飲泉の方法とその効果及び注意点等を簡単に紹介します。
飲泉の方法
飲泉をすると、温泉が胃腸や肝臓などの局所的に作用する効果と、入浴と同じように全身に作用する効果があることが温泉医学の研究で明らかになっています。
しかし、いくら飲泉が身体に良いといっても、闇雲に温泉を飲めばいいというものではありません。例えば、腎臓に疾患のある人は塩化物泉を飲んではいけないというように、症状によっては飲泉を行ってはいけないものもあります。泉質などを考慮した上で、適切な温泉を適切な方法で適切な量だけ飲用することが必要になってきます。
一般的な飲泉の方法として、一定量の温泉を毎日同時刻に飲むことが定石とされているようです。
ヨーロッパにおける飲泉と飲泉カップ
ヨーロッパ諸国の温泉地では、温泉医の処方によって飲泉が行われているのが通常です。飲泉所の新鮮な温泉を温泉医に処方された量だけ飲泉するのです。飲泉をするための容器は「飲泉カップ」と呼ばれ、これに温泉を汲んでクアパークと呼ばれる保養公園をゆっくり散歩しながら、少しずつ温泉を飲んでいきます。
飲泉カップは温泉地によって特徴があります。材質が陶磁器製やガラス製などがあり、最近ではプラスチック製のものもあるようです。形も様々で、単なるガラスのコップのようなものから、陶磁器製の洒落たデザインのものや携帯して散策しやすいように取っ手がついているのもあります。特に、チェコのカルロビバリの陶磁器の飲泉カップなどは、歴史的にも有名です。
日本の温泉地でも飲泉カップは各地で作成されています。また、日本では柄杓などで飲泉をするケースも多く見受けられるようです。
日本における飲泉
わが国における飲泉の歴史は古く、持統天皇の御代に飲泉によって多くの病者を治療したという記述が日本書紀に書かれています。しかし、それ以降江戸時代中期に至るまで飲泉についての記述のある文献は殆ど見あたらないようです。
江戸時代中期以降では、わが国における温泉医学の原点と言われている「一本堂薬選續」(1738年)をはじめ、いくつかの文献に温泉飲用についての効果や注意事項が記載されているようです。また、明治時代になると、わが国の温泉医学の父と言われるドイツ人医師ベルツの指導によって群馬県・伊香保温泉などで飲泉が開始され、明治13年に発行されたベルツ著「日本鉱泉論」には、飲泉の適応症や飲泉量、飲泉施設などについて詳細な記述があります。この書はわが国の近代温泉医学の原点とも言われています。
以上のことから、わが国において飲泉は経験的に古代から実施され、少なくとも江戸時代中期には医学的な見地から飲泉が実施されてきたことが分かります。
つづいて、現在のわが国における飲泉の現状についてまとめてみましょう。
現在、日本では各都道府県の判断で温泉の飲用許可を出すことになっています。この飲用許可を得てはじめて飲泉が可能になるわけです。
ただ、前述のヨーロッパの温泉地のように一人一人にたいして適切な飲泉の指導を温泉療法医の元で実施している施設は、わが国では殆ど無いのが現状です。日本では、環境省が飲泉についての利用基準を定め、飲泉についての注意事項を発表しています。この注意事項によって日本での飲泉の方法が定められていることになります。
日本では、飲泉の歴史は非常に永いものの、ヨーロッパ諸国と比べて実施されているケースが少ないと言えますが、近年、飲泉所を設置している温泉地や温泉利用施設が徐々に増えてきています。
注意する点
飲泉を行う上で特に注意することは衛生面です。温泉が口から直接体内に入るわけですから、新鮮な温泉を飲むことが絶対条件となります。そのためには、飲用の許可のあることを必ず確認し、飲泉の注意事項を守って飲用することが大切です。
飲泉する場合は、飲泉所などの飲泉施設の温泉を飲むことを守っていただきたいと思います。